DESIGN + TOKYO

WEB MAGAZINE by TP tokyo vol.017

キーワードは
「知性」「コミュニケーション」「個人」。
東京のフードカルチャーを揺さぶる
若き仕掛け人の脳内回路に迫る。

フレンチレストラン「unis(ユニ)」シェフ 兼「Social Kitchen TORANOMON」ディレクターシェフ 薬師神陸さん インタビュー
2021.1.21

2020年12月、
風の時代は到来したか?

 世界中で猛威を振るう新型コロナウィルスの衝撃。この状況下でちょっとした話題となっているのが占星術で定義される「時代の節目」だ。2020年はおよそ200年ぶりに時代が変動する節目と言われ、その大きなターニングポイントとなるのが2020年12月22日だという。占星術では、この節目を境に「土の時代」から「風の時代」へと時流が変わっていくとされる。土の時代で人々がフォーカスしたのは、金銭、物質、権威など。そして風の時代では知性、コミュニケーション、個人などが重視されることになるというのが占星術の指し示す方向性だ。

 生きていく上で占星術を頼りにするかどうかは意見の分かれるところだが、「土」から「風」への価値観の移行に、納得のいく向きは多いだろう。コロナ渦によって在宅リモートが当たり前となり、かつてよりオンラインによるコミュニケーションへ社会全体の軸足も移っていった。そして「組織」が「マス」を対象とする手法だけがビジネスの王道ではないと多くの人々が気づき、個のアイデアが消費者の多様な価値観と結びつくことで、様々な業界においてビジネスのスキームに新たな解が提示され始めている。

ハレの日限定、8名のみ。
超限定的、揺さぶりマーケティングの中身。

 予約のとれないフレンチレストラン「SUGALABO」。ここで辣腕を振るっていたシェフ、薬師神陸さんの新たな試みは、飲食業界のみならず多くの業界にとって価値あるヒントを啓示する。多岐に渡る薬師神さんの挑戦のひとつ「unis」はマス相手でもなく、ターゲティングを前提とした運営でもない、全く新しいスタイルで展開するレストランの形だ。ここは「ハレの日」のためにフレンチを提供する場。誕生日や結婚記念日といった、主役とその仲間たちだけ限定のレストランなのである。

「日本人がフレンチに行く動機はそもそも何かと考えた時、やっぱりハレの日だからということなんですよね。だからハレの日であれば誰でも来られるんですが、レストランを日常でなく、楽しみにして来店していただくというマインドセットを思いついた。しかも一組8名様までしか入れない空間になっているので、ホストとゲストが明確です。私たち料理人にしてみれば目の前の人たちを楽しませようということに集中でき、パフォーマンスの向上にもつながるんです。結果としてお客様の期待値より高いレベルでサービスを提供できるだろうと想定していました」

 室内にはアーチを描くようにデザインされたシェフズテーブルと席が8つのみ。その対面から料理がサーブされるスタイルゆえ、ゲストはまるでマンツーマンのサービスを受けているかのような満足感を得られ、見知らぬ客がいないことでハレの日を祝う特別な空気が自然と醸成される。当初はゲストをハレの日限定とすることで、利用客が絞られすぎてしまうという懸念がもちろんあった。ところが蓋を開けてみれば、予約開始と同時に2021年4月までの予約がすべて満席に。コロナ禍、という特殊な事情も「unis」の求心力に少なからず貢献したと薬師神さんは話す。

「コロナによって長期間、外食への欲求を抑えていた方々が多かったこともありました。ここから知人だけで食事をできるので安心ですし、この建物自体がコロナ後に立ち上げたものなので空調も万全です。もちろん、ハレの日限定というコンセプトもニーズに合致していたんだなとあらためて感じています。何をするにしても、どう、お客様の興味関心、感情を揺さぶれるかだと思うんですよね。自分としてはエモーショナル(揺さぶり)マーケティングと勝手に呼んでいるんですが(笑)」

自身の働き方改革から生まれた
多様な挑戦。

 薬師神さんが「unis」を立ち上げたのは、自身のベストな働き方を模索する実験でもあった。調理師学校で講師として働いていた頃は朝9時出社、夕方には帰宅という時計通りのサイクル。超人気フレンチレストランで働いていた時は早朝から深夜まで15~16時間も働くという、両極端のワークスタイルを経験した。その両極にメリットとデメリットが混在していると気づいた薬師神さん。どのようなバランスで働くことが自身にとって、ゲストにとっての最適解なのかを見つけ出すため、思考を巡らせ、ひとつの結果として「unis」は生まれた。

「メンタルも身体もお金も多角的に考えました。働き方のバランスは今でも模索中ですが、unisは週4日しかオープンしないというのもある種の実験です。忙しすぎるとアウトプットばかりになり、インプットする時間や余裕がありませんよね。心身を休めることも大切ですし、休日になにかを吸収して新たなアウトプットに活かすというのはクリエーションの原点でもあるでしょう。それにunisではお客様と対面でしっかりコミュニケーションをとれるスタイルなので、この場で様々なインプットも可能です。自分自身はもちろんですが、私たちの試みが多くの料理人の方になんらかの形で刺激になればそれはうれしいことですね」

 つねに内面で余白を保ち、新たな挑戦心やアイデアが芽生えた時にそれを即実行できる体勢にしておきたいと語る、薬師神さん。「unis」と隣接する、2021年1月にオープンした「Social Kitchen TORANOMON」という食のビジネスプラットフォームでディレクターシェフを務める。この場所は、ニューノーマル時代に新商品や企画を実行したい企業、団体と、新たな経験を求める若きシェフたちをつなげる空間。これまで交流することがなかった、たとえば中華やフレンチの料理人、パティシエやバリスタなどが副業としてここに所属し、新たな食のクリエイションをクライアントに提供するという画期的な試みだ。なんともユニークな業態である。

「unisもSocial Kitchen TORANOMONもそうですが、サービスの質そのものだけでなく私たちの取り組みに対して共感を持っていただける分母を増やしたいという思いがありました。新しいスタイルや挑戦を実践することでファンが増えていき、そうした方々を味方につけていくことが大切なんだろうと思うんです」

飛躍的進化の可能性を秘める
東京のフードカルチャー。

 東京には美味しいものが何でもあり、日本の首都は先進的なフードカルチャーの発信基地だと考える日本人は少なくないだろう。そんな意見に薬師神さんは疑問を持つ。裏返せば、東京の食はまだまだ余白がある。世界的にも突き抜ける可能性を秘めていると彼は言うのだ。

「家族で食卓を囲むシーンが減っていたり、孤食が増えていたりと働き方の影響もあり、食事のあり方が欧米とは大きく異なるため、食べるシチュエーションをもっと楽しむバリエーションがもっとあっていいと感じています。食を提供するレストランも多様なスタイルがあっていいだろうし、料理人の働き方に余裕をもたせることで新たなサービスや料理が生まれる可能性はまだまだあると思うんです。そのためには料理人とお客様のコミュニケーションも大切ですし、異なるジャンルを超えた料理人同士の交流も大事です。少し大げさに言えば、東京や日本全体の食へのリテラシーを向上させていくことで、すべての人が幸福になっていくんじゃないかとも思っていますね」

 あらためて薬師神さんの行いを見てみれば、「コミュニケーション」「個」「アイデア」といった重要なキーワードが抽出できる。まさに、風の時代の到来。もはや「ビジネス」は金を生むためだけの装置ではなく、意識すべきは、消費者と働き手をともに幸福へ導くこと。新たなグランドデザインによってオリジナルのビジネスを創造する挑戦心が、何より求められるのだ。

薬師神陸 
1988年愛媛県出身。高校卒業後に辻調理専門学校へ入学し、卒業後は同校のフランス料理講師に。その後、「SUGALABO」にて須賀洋介シェフの右腕として腕をふるい、2020年12月、「unis」をオープン。2021年1月にはディレクターシェフを務める「Social Kitchen TORANOMON」をオープン。

https://www.instagram.com/unis.anniversary
http://social-kitchen.site


内観写真:DAISUKE SHIMA

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