DESIGN + TOKYO

WEB MAGAZINE by TP TOKYO vol.013

広尾に登場した、新たな食の情報発信基地へ。
コロナ禍をサバイブできるレストランとは?

中東料理レストラン「Salam」米澤文雄シェフ インタビュー
2020.8.17

コロナ禍にあっても、
人を惹きつける料理店の理由。

 去る7月某日、東京広尾駅前にオープンしたばかりの複合施設「EAT PLAY WORKS」の建物内は驚くほどの活況を呈していた。駅近でありながら隠れ家的な雰囲気も併せ持つこのビルディング。最大の目玉は1,2階のレストランフロアだ。軒を並べるのは東京のフードカルチャーを牽引する17店舗のレストラン。それぞれの店舗は垣根が曖昧で、熱気や笑顔や料理の香りが渾然一体となってフロアを活気づける。 世の中は未だコロナ禍にあって、気ままな外出ははばかられる時勢。それでもこの場には次々とゲストが訪れ、食を楽しんでいる。コロナによって経営が難しくなる店舗もあれば、この情勢でも人を惹きつけてやまない空間があるのだ。

食の楽しみはもっと拡張できる。
米澤シェフの野心と挑戦。

 世界中の美食が一同に介したような「EAT PLAY WORKS」の中でも、ひときわ目をひいたのが「Salam」というバーカウンタースタイルのレストランだった。カテゴリーとしては、日本人にはほとんど馴染みのない中東料理。豆や野菜、雑穀とスパイス・ハーブを豊富に使った、ヘルシーかつ満足感のあるプレートがゲストの驚きを誘う。この目新しいレストランを仕掛けたのは、かつてNYの三ツ星レストラン「Jean-Georges」本店で日本人初のス ー・シェフに抜擢されたことでも知られる米澤文雄さん。2018年には「サスティナブルグリル」を標榜し、青山で炭火焼きグリルのステーキレストラン「The Burn」を立ち上げた、今、注目のシェフだ。あえて「中東料理」という謎めいたテーマに挑んだ理由を、米澤さんはこう話した。
「やっぱりいつも、”食”がもっともっと楽しくなればいいなとは思っていて。日本の食はフランスからイタリア、スペインとヨーロッパの影響を強く受けているでしょう。 だから日本人に馴染みの深いこうした料理を提供するレストランはどんどん増える。一方で 世界には多様で美味しい料理がたくさんあります。まだまだ日本人に知られていない料理があって、そのひとつが中東の料理だと僕は思った。中東は加熱野菜の使い方が本当に上手いんです。野菜は加熱した方が絶対に美味しいと僕は思っているので、そういう部分に共鳴したっていうことも大きい。ミシュランで星を取ったシェフが野菜だけを扱ったレストランを開こうとは普通思わない(笑)。だから自分としても大きなチャレンジだとは感じているんです。だけど、純粋に美味しいなと思える食の選択肢が増えるのは、誰にとってもうれしいこと。そう、料理人としては食べてくれる人の笑顔がやっぱり一番うれしい。そういう笑顔を増やすためのチャレンジですよね」
 料理の価値は理屈ではなく、美味しさ。そう話しながら笑みを見せる米澤シェフのフランクな雰囲気がそのまま具現化されたような「Salam」のカウンター。野菜がこんなにも美味しいものかと、客は一様に驚きの表情を見せる。

日本に訪れるであろう
サステナブルなフードカルチャー。

 今の日本に求められる「食」とはどのようなものか。そんな問いに米澤さんはこう答えた。
「僕が勝手に思うのは、日本の料理は美味しすぎるってことなんです。総じて日本のレストランは美味い、安いに秀でていて、世界的に見ても進みすぎている。一方で世界の食のトレ ンドは、エコ、サステナビリティで、オーガニックといったジャンルで、こうした食はコストがかかる。つまりオーガニックで人や地球に優しく美味しい食が”高い”ということ で、”美味い、安い”が進化している日本にいまひとつ浸透しないわけです」こうした現状分析を踏まえつつ、数年遅れで世界の食のトレンドに日本人の気分も徐々に追いつきつつあるのではないかと話す米澤さん。そんな状況で打ち出すべきだと考えたのが中東料理であり、「Salam」であったというのだ。
「このSalamではだしも含めて肉や魚介を一切使わず、野菜だけを美味しく提供します。日 本では非常に珍しがられるんですが、こういう食は世界的に見ても広く楽しまれているんですよ。完全なベジタリアンではなく、柔軟な菜食ということでフレキシブルなヴィーガンも 日本で増えてきていると僕は思っていて。肉や魚より身体に良いと言い切ることはしません が、やっぱり人や地球にとって野菜は優しい食べ物。僕は日本にそういう選択肢を増やしたかった。初めは聞き慣れないこうした料理も少しづつ、受け入れられていくのだろうと思ってます」
 加えて、日本人のグローバルな食への興味が少しづつ加速していくだろうと予測する米澤さん。味はもちろん、料理の見た目、食事の空間としての魅力は間違いない。確かに、感度の高い客がこうした目新しく美味しい料理に飛びつき、世に広めていく様は想像に難くない。

外食産業に求められる
明確な来店の理由

 味の追求や客の満足度を高める空間づくりは言わずもがな。さらには料理の作り手が長く、安心し、やりがいを感じながら働ける場を創造することも、米澤シェフのモチベーショ ンのひとつだ。ただ美味しいだけでなく、顧客はこうしたストーリーを店選びの動機にする時代。コロナの影響によって店が有するストーリーや掲げるコンセプトはより重要度を増していくと米澤さんは考えている。
「コロナによって、なんとなく外食っていう行動が本当に少なくなってくると思うんですよね。だけどある程度、明確な理由があれば外食産業は生き残っていけるとも思う。身体に良いものが食べられるとか、あのレストランに行けば免疫力が高まるかもしれないとか、あの シェフに会いたいとか、この空間で食事の時間を楽しみたいとか。つまり明確な来店理由を店側が用意できるかということなのかもしれない」
 コロナ禍で苦しむ外食産業ではあるが、人を呼び込む策はまだまだ探し出せるだろう。平日の昼すぎ、「Salam」の賑わいを見ているとそう思い直すことが確かにできる。食の楽しみは、この東京でこれからもきっと拡張していくのだ。
「世界的にみれば日本は相当、裕福な国。そろそろ、多少のコストを注いで未来とか子供たちのこととかを考えた食を考えてもいいんじゃないかって僕は思う。そういう動きは徐々に見えてきていますよね。僕自信も市場やお客さんに対して、そのような問いかけを続けていきたい」

NYで得た感覚を
東京に合ったスタイルで表現したい。

 20代前半で突如、アメリカを目指した米澤さん。彼の地でがむしゃらに食の世界を追求した結果、今がある。NYの一流レストランで得た経験はこの東京でどのように活かされて いるのか。
「NYにはまあ実にいろいろな食の選択肢があるということ。それに人種の幅、貧富の差、人との付き合い方など、日本では経験できないことばかり。そういう経験がはっきりと今につながっていますよね。別に日本とか東京が遅れているということではありませんが、NYにはとにかく”幅”がある。そのように豊富な食の選択肢を東京でも楽しめたらいいなと。ビジネスとして大成功するっていうことより、もう本当に笑顔が見たい。それだけです (笑)」
 寿司にとんかつ、メキシコ料理にベトナム料理、そして米澤シェフの中東料理まで。ここ 「EAT PLAY WORKS」はまさに、食の楽しさが濃厚に凝縮され、異なる種類の食が絶妙にデザインされ、渾然一体となったような空間。食の選択肢を広げ、ゲストの意識を拡張させ ようという野心が、この活気を生み出す源泉なのだ。

Salam
米澤シェフが挑む、中東料理の食空間。一口食べるごとに驚きを感じさせる味、組み合わせが際立つ斬新なフードエンターテインメントを堪能できる。料理はアミューズからスタートし、様々な野菜を使ったコース仕立て。日本酒との絶妙のマリアージュもこのレストランの 大きな魅力。

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